企業オーナーのオーラに負けました

久しぶりに緊張しました!!人生初アポと同じくらいかもしれません。これまでは、どれほど厳しい顧客とのご面談でも、緊張して、声が上ずったり、言葉足らずになっりすることはほとんどなかったのですが、本日はドン滑り中のドン滑りでした。プレッシャーをかけられたというわけではなく、身体中から滲み出るオーラに気圧されたという感じです。 

本日決めたことがあります。これまで複数の会社にご提供していた管理受託のお手伝いは、1社様に限定することに決めました。次の管理受託は、4月末までにやり遂げたいです。12月末までに、総計受託数4,000戸(現在2,200戸)を目指します。とはいえ、まだ確度がわからないという現状でございまして、「物量をこなせ」と意気込んで早速取り組み始めたわけですが、終電を逃しました。。。

激動の不動産業界〜金融機関による貸し渋りとお手伝い〜

地銀、信用金庫が不動産融資を貸し渋り始めたのは17年終わり頃からですが、実際にスマートデイズ、サクト、ゴールデンゲイン等々の問題が報道され始めた時期は2018年初めです。それによって、スルガ銀の不動産融資が一部を除き利用できなくなり、築古マンション市場が壊滅状態になりました。その後、一定水準以下の属性が融資を受けづらい状況が続いていますが、この傾向は今後も続くと考えています。

 

私の知人もシェアハウス詐欺の被害者の一人で、シミュレーション家賃5.5万円に対し引直家賃は1.5万円でした。色々と苦心しながらも、非営利団体/役所と提携することによって、家賃5万円を確保することができましたが、それでも内部収益率は極めて低い水準でした。それよりも驚いたのは、全部屋のエアコンが盗まれていたり、キーボックスを電動工具で切り離した跡だと思いますが、外壁の一部が焦げの跡が残ったりしていたことです。実際に、シェアハウス業社の代表者がノエミーだったこと、同スキームを別の業者が使っていたことを考えると、黒幕がいたと考える方が自然かもしれません。

 

そして、TATERU/西京銀行の一件が表面化します。(オーバーローンは多く業者もやっていた?と思いますが)二重契約の社会的な問題視が、金融機関の貸し出し姿勢悪化に拍車をかけ、2018年8月時点の不動産会社倒産件数は2000-2017年平均の3倍に膨れ上がりました。恐ろしい数字で、真面目に商売してきたのに泣きを見る会社も多かったろうと思います。事業ポートフォリオが再販や仲介に偏っていたり、ハイエンド顧客を抱えていなかったりする会社にとっては、今も、ですが。

 

そうした流れを受けて、楽待のセミナー広告や企業動向のニュースを見ていると、金融機関の貸し渋りによる営業利益の減少を避けるために、各社対策を打っているようです。例えば、賃貸/建物管理、ハイエンド顧客の開拓、二種金/不特による不動産小口商品の開発を始める企業も続々と増えてきました。

 

不動産会社様をできる限りサポートしたいと思っています。例えば、賃貸管理の手数料率は家賃の5%が平均的な水準ですが、オーナー・賃借人から超過的に手数料を徴収することなく15%化する方法や、効果的な小口商品の作り方、ハイエンド顧客の紹介をしていきたいと考えています。それ以外にも、貸し渋り期の資金調達スキーム(組織構造の工夫やメザニンは社債にするなど)について、信金と開発しておりますが、早くお役に立てるように頑張ります。

死んでも消えないくらいの想いを。

前職の会社は六本木ヒルズノースタワーにオフィスありました。駅直結、飲食・宿泊施設は近辺に多数あるという便利なビル!創業メンバーのエネルギー量は凄まじいものでしたから、日に日に働き方はエスカレートしていき、ほぼ家に帰らない日々が続くこともありました。

当時は睡眠時間が週平均10時間、もっとひどい時期は連日にわたる徹夜もありました。創業メンバーで徹夜終わりの打ち上げを行ったその足で職場に戻ってしまうということも多々あったと記憶しています。従業員が増えるまでは、一人当たり業務量は溢れんばかりだったのにもかかわらず、新規事業企画も多数取り組んでいたのだから、仕事は片付くはずもありません。この時に「死ぬ気でやれ、死なないから」は誤りで、「死ぬ気でやったら、本当に死ぬ」が正しいと気がついた次第です(笑)。血尿は序の口、デスクで失神、駅の階段で失神しつつも、従業員から馬鹿かと笑ってもらったことを覚えています。身体中の皮膚が荒れに荒れ、健康状態はひどいものでしたが、楽しくやっていました。売上高が10億を超え、20億を超え、30億を超え、それでも増え続ける仕事のなかで、いちいち自身の熱意を思い起こしたり、逆境を嘆く暇さえつかずに目の前のリアルに取り組んでいたことと思います。きっかけもなくデッドヒートしていられる状態は特異な体験でした。

それこそ、血へどを吐きながら開拓した石油会社、大手紳士服企業、そして上場不動産会社のオーナーに「会社の運営が困難になった時に、いかにして乗り越えたか」という話を不躾ながら伺ったことがあります。「顔面を刀で切られても、働き続けたと思う。それくらい思いつめていた。」「生きるか死ぬかだったから、どうやって情熱を保とうということは一度も思い浮かばなかった。」「妻と子のことが頭から離れず、ゆえに仕事から離れることができなかった。」とお答えがありました。本筋とは離れますが、長年経営をされていると、辛い体験もひとつやふたつではないという話もよく聞きます。どの話にも共通しているのは、「金」ではなく「人」です。「信頼していた仲間に裏切られた経験」や「従業員を解雇しなければならない状況」が心の底から辛かったという共通の想いがありました。

様々な方のお話を、私の拙い体験と重ね合わせた時にある想像が頭をよぎります。死んでも消えないくらいの想い。おそらく百戦錬磨のオーナーには、どんなに辛いことがあっても絶対に諦めない気性が、無意識のうちに潜んでいるのだと思います。それこそ、いちいち思い返したり、自身を奮い立たせることがなくても、グロテスクで、閾値を超えた仕事ができるような。

カルロス•ゴーンの資産運用

カルロス・ゴーン氏が有価証券報告書に記載する報酬額を低く記載したとして逮捕されたことは記憶に新しいです.ゴーン氏の資産は2,000億円を超えるとも言われていますが,金融庁,地検や租税に関わる国際機関がどれほどの努力を尽くしてもが,日産の帳簿から過少申告された50億円と報道された一部の海外不動産を除き,その全容はほぼ把握されないことと思います.(私は,ゴーンさんは世間体を気にしていたわけではなく,節税に重きを置いていたと推定しています)

これは「富裕層がせこく立ち回ったから罰を受けた」と考える私たちの直感に反して,富裕層の人たちはむしろ喜べることかもしれないと考えています.推測ですが,ゴーン氏はウェルスマネジャーお得意の「組織構造」×「オフショア金融センター(以下「OFC」)への配置」スキームを利用しているものと思われます.

第一に,NHKの報道によれば元日産自動車のグレッグ・ケリー氏が2010年にオランダ子会社を設立し,日産から5,300万ドルを出資.うち約3分の1がイギリス領バージン諸島の複数の法人に移転.また,バージン諸島の法人を所有者として,フランス・レバノン・ブラジル・オランダの戸建を購入してます.これだけの情報では断言できませんが,「複数の法人」と「OFCに係る地域」を利用している点を見れば,(推奨はしないが)100億円以上の富裕層だけに斡旋される卓越した租税回避スキームを想定することも無理のないことです.具体的には以下の通りです.

組織構造:目的信託/財団 - 左記が取り締まるプライベート・トラスト -左記が運営する多数の信託 -左記が所有する多数の法人 -左記が所有する多数のポートフォリオ/不動産/美術品等

地域への配置:上記の組織構造を,オランダ,バージン諸島だけではなく,複数OFC(WMによる統治地域)に配置.

OFCの細やかな税制の差異は抜きにして,上記のスキームは各種税金にかかる最高税率を最大で3%に抑えることを目的とすることがあります.さらに,怪しげなオフショア斡旋業者が提供するサービスとは異なり,その秘匿性も緻密に保護設計されます.それこそ政府,ジャーナリストがどれほど時間をかけて調査しても,ほとんど明るみに出ていないことからも推測されますが,組織構造的にOFC内の内部告発がない限りバレようがありません.秘匿性を担保するためによく利用されるスキームは,

-ポートフォリオを複数の口座に分ける

-個別の口座を複数の法人に所有させる

-複数の組織間に資本・業務提携がない

-法人の所有者としてノミニー(名義人)を利用する.場合によっては,それぞれの法人で異なるノミニーを使う.

仮に上記のようなスキームが利用されていたとなると,日産の帳簿や資金の動きから推定されるゴーン氏の資産,具体的には過少申告された役員報酬や資金の出所が日産であるブラジル,レバノン,フランス,オランダの不動産が見つかったとしても,信託が所有する法人は見つかりようがないのではないかと推測されます. 

夜行

先週末は,インナーサークルの活動に時間を割く予定でした.仮定法過去形の理由は,順を追ってご覧いただければ,お察しいただけることと思います.

1125日午前打ち合わせ,池袋パルコでイベント参加,銀座ワイン仕入れ 

1125日夕方 定期パーティ,美術品コレクター宅に紅白歌手,役者,アカデミー賞監督,経営者,大学生が集まる.特別なことが起きることはなく,居酒屋談義のように話題は短命に移ろう.仕事の話をしたかとおもえば「お前はどんな女が好き?」.「いい女です」と答える.「女は顔ではない」「性格ではない」「では何だ」「立ち振る舞い」「いや違う.いい女とは」.「いい女とは」という男の永遠の問いを前に,百戦錬磨の男達に火が付き,全勢力を結集して立ち向かう一体感を感じた.しかし,健闘虚しく,一人,二人と敗れ去り,酒臭い寝床に果てた.

1126日朝 皆まだ眠っている.私は窓辺でぼけっとしていた.数分だか,数十分だか経った頃に,昨晩大量の酒を飲み干した監督が起床.あまりにも辛そうな表情だった.監督はこちらを一瞥すると,表情も変えずに第一声.「行くぞ」「おかえりですか」「そう,お前も行くか」「そうですね,僕もそろそろ」「箱根」「え?」
11
26日昼
「アヒルボートに乗ったら,きっと帰るだろう」.電車の中で,本気でそう思っていた.故郷の藤沢を過ぎ,脳内では男2名がアヒルボートをぶつけ合って遊ぶという,極めて興味深いシーンが繰り広げられていた.実際には,監督のアヒルボートにぶつかったら怒られたのだけれど.箱根で,監督は無邪気だった.周りの視線を全く意に介していないようで,箱根の地べたにはいつくばりつつ,風景をパシャり.洋服と髭は,泥にマリネされていた.それでも無言で写真を撮り続け,しかめっ面をしたり笑ったりしている監督の姿は,言葉を選ばずに表現すれば,酔っ払いというより子どもっぽかった.

1126日昼から27日朝 飲み明かす.監督の次回作の資金調達は完了したが,その次の作品では必ず手伝うと約束した.監督は早く床につく.

1127日夕方 東京に戻る.ドイツ料理屋さんと打ち合わせ.知人のご婦人2名が来店.「こんばんは!」「おお!Sくん,またあったね」わたしは二日酔いでボケっとしていた.隣席では,ご婦人がクリスマスの話に一輪の花を咲かせていた.いや,おそらく一万輪くらいは咲いていた.小学生の頃のクリスマス会中高の頃のクリスマス会大学の頃のクリスマス会去年のクリスマス会幼少期のクリスマス会いつのまにかわたしは今年のクリスマス会でトナカイ役に任命されていた.新年会では門松の役をやることに決まった.その後も,クリスマス会の話が続き,しゃっくりが出てきた.ずっと止まらないので,見かねたご婦人が「喉のツボを押せば止まる説」を唱えながら,喉のツボを押してくれた.それでも止まる気配はなく,それを感じ取ったご婦人は両手に力を込めた.苦しくなったけれど,しばらくするとたしかに止まった.嬉しくなって「ありがとうございます!」と伝えようとしたが声がでない.ご婦人は何かを感じ取り,両手に力を込めた.涙が溢れてきた.あと少しで,トナカイになって天におさらばするか,一足先に門松になるところだった

思い返せば,連休は夜行のように過ぎていった.

自己紹介

初めまして。中国PEの子会社でPBをやっています。この一年間,あまりにも多くの人々と出会い,あまりにも多くの印象的な出来事を体験しました。そうした体験について,その場その場で取り繕うように解釈してきましたが,絶対神のいない私にとって精神的な立脚点はあるのだろうかと考えてみたことが,ブログを開設に至ったきっかけです.

「大切だと思えることを,大切にする」

今年は本当に数多くのことを体験しました。前職では不動産VA事業を立ち上げ,資金調達に苦心しながらも六本木ヒルズノースタワーに移転,その後は上場準備に至りました.思い返せば,「こういう世界を作りたいから」というよりは「収益が上がるから働いている」という認識だったと思います.子供染みた競争心だけでしかありませんでした.そして,従業員に上場の意思を問わずに準備を進めた結果,相次ぎ独立.事実上の業務停止に陥りました.それからしばらくの間は寝付けない日々が続き,ベッドの上で想いを巡らせたことを覚えています.「短期で25名雇うには」,「皆の声をもっと聞いていれば」,「大切なことは何だったのか」.この時に「一緒に戦ってくれる仲間がいなければ何もできなかった」という当たり前の事実に気づいた次第です.前田裕二氏は「最も大切なことは,最も大切なことを,最も大切にすること」と表現しました.日々の情報や人々と触れる中で,感じることは当然揺れ動くわけですが,私にとって一番大切なことは,親,顧客,同僚,友人などお世話になった人に最大限力を使うことです.それはどんなことがあっても諦めてはいけないことと学びました.それでも資本が余るならば,次のスイート・スポットを探します.

ブログの主題は限定しませんが,私なりのスイート・スポットという軸は一本持っておきたいです。ですから,上に書いた通り,人との出会いに関することが多くなると思います!